水野街道は、尾張藩主徳川義直が愛した鷹狩りの道で、定光寺(瀬戸市)を墓所と定め、二代藩主光友の時代、窯業の盛んな水野は、燃料のための伐採が、無秩序に行われたため、奉行所を作りました。尾張では城下を収める大代官のほか水野・鳴海・横須賀・佐屋・清州・小牧など8ケ所に代官所がおかれ、水野は今の瀬戸市・長久手町・日進市・名古屋市の東部にまたがる地域を管轄していました。城下→大曽根道標→矢田川→大森→瀬戸の水野街道の部分歩きをしました。 集合場所大曽根駅の1駅手前矢田駅で下車したため、歩数は増え、10,270歩で、最終目的地大森寺(義直公御台墓所)は登り階段の急なのを見て、あきらめ、大森駅近くの蕎麦屋で昼食をとり、帰路につきました。大曽根道標 水野街道・四観音道・塩付街道・木曽街道の交差点






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